Dialog in the Dark@旧赤坂小学校

(この話、長いですよ)
これは以前も書きましたが、人工的に作られた真っ暗闇の中で日常生活のあれこれを疑似体験する、というイベント。
去年このイベントのことを知った時にはチケットが売り切れだったので、今年はやっと参加。
今年は廃校になった旧赤坂小学校で、テーマは「放課後の学校」*1
受付で身分証明書を見せて、注意事項を聞き荷物をロッカーに入れて*2エントランスの隅にあるソファでしばらく待つ。
同じくソファに座ってる人たちを何気なく観察したりして。
これから同じ時間を予約した、というだけでまったく知らない人たちと1時間以上真っ暗闇にいるわけなのでちょっと観察しながらも緊張気味。
時間になってまずスタッフに案内されたのが、小さなライトがひとつだけある小さな部屋。それでもお互いの姿はぼんやりとしか見えない程度に暗い。
ここでアテンドしてくれる全盲のスタッフを紹介され、自分たちもそれぞれ簡単に自己紹介。
あたしが参加したグループは女性が4人、男性が3人の7人。
うち男性女性1人ずつは友人のようでした。
あとの5人はそれぞれひとりでの参加。(なぜか自分のことは忘れ「ひとりで参加なんて勇気あるなあ」と思う。)
アテンドの方の「暗闇の中ではお互いがかける声が重要になりますので、声を出して下さいね」との言葉に、人見知りな上に他人と一緒に何かやることが苦手な自分が内心「えー・・・」とこころの中で小さくブーイング(笑)
(でもこれは「声を出さないと(出してもらわないと)動けない」という事実に暗闇に入ってすぐ直面するので、苦手意識は放り出さざるをえない状況に。)
カーテンを3枚くぐりぬけて足を踏み入れた中は、真っ暗。
目を開けても閉じても、目を凝らしても何も見えない暗闇ってこんな感じなのかあ。
目を開いてるのに、何も見えない。何だかちょっと心もとない。
「あ、これ跳び箱だ!」と誰かの声にどうやら最初の部屋は、体育館らしいとわかる。
とにかく声がする方にそろそろと歩き、手をのばす、跳び箱のトップのキャンバス地に触れ「あー、ほんとだ跳び箱だー」と皆口々に確認。このあたりで「とにかく喋らないと動けないし、何もできない!」と早くも実感。
「じゃ、それぞれ杖を選んで下さい」とのアテンドの人の声に「だってどこにあるかわからないのに?!」と内心突っ込みながら「あ、ここにありますよー」と手が触れたらしい誰かの声の方向におそるおそる手を伸ばす。
「杖を地面にあてて胸の下くらいにくるのが身長にあった長さです。」という声に、皆「これかなー?」「これ、長いなあ」「あ、これくらいかも」と言いながらとにかく見えないながらも選ぶ。
このあと「学校の裏山」や「音楽室」「美術室」など階段を上ったり下りたりして進んでゆくんですが・・・。
裏山では足元が急にふかふかになって触ってみると落ち葉が足元にあったり、池があって水にさわったり、目の前を市電が通って行ったり(市電の音が左から右に抜けるスピードと音が聞こえる方向でわかる)、美術室ではデッサンのための野菜や果物が置いてあったり。手に触れる感触や温度で意外なほど素材がわかることにちょっとびっくり。
「見よう」とどんなに努力しても「見えない」ので「見る」ことを自分がものすごくあっさり放棄したことにも驚いたし、視覚以外に顔にわずかに触れる空気の流れや、温度や湿度、手で触ってわかる「もの」の輪郭や質感、そして一緒に入ったグループの人たちの(自分も含めて)まるで実況中継(笑)のような会話が「見える」こと以上に「リアルに感じる」のに大きな意味を持つことに感心。
「あ、しっとりしてるー!これ大根ですね!」「こっちにオルガンがありますよー」「なんかね、平たくて、冷たくないんですよねー、木でできてるのかなー、縁がカーブしてて穴があいててー」「ここから段差がありますー。結構高めの段差ですー。わりと昇りますね、あ今1番上にたどり着きましたー。」「しゃがみまーす!ここに市電のレールがありますよー」「ドアわりと小さいですよ、身長の高い人かがんだ方がいいかもー」「あ、あったかいこの部屋」
この「声」が重要といっとう最初にアテンドの人が言ったのは、実感として納得。
単に喋る内容が情報となるだけじゃなくて、声が聞こえる方向や声の大きさ、小ささが方向や距離感をつかむものすごく大きなインフォメーションになるので。
最後に「用務員室」に忍び込んでお茶を飲みましょう、ということに。
靴を脱いで畳の部屋に上がり、ちゃぶ台を囲んで座る。
コーヒーとグレープフルーツジュース、りんごジュース、烏龍茶からそれぞれ選んで、アテンドの方が手渡してくれるのをみんなで話しながら待つ。このあたりはコースの最後の方なので、皆なぜか奇妙な連帯感があってまるで友人同士のように和みまくって話しているのがおかしかった。
また手渡されるコーヒー(紙コップに普通に入ってた熱いコーヒー)を真っ暗闇の中で「はい」「あ、どうも」と普通に受け取っている自分にちょっと驚く。あたしの隣の人にコーヒーを渡したときも、そのひとも見えてるみたいに受け取ってたし。いつの間にか、視覚以外の情報から距離感をつかんでるんですね。人間って順応するんだなあ。
いやー、おもしろかった!
視覚を奪われた真っ暗闇って、もっと怖くてまったく動けないような気がしてたんだけど(もちろん一人じゃなくて、その場を完璧に知るアテンドの人がつねに誘導してくれたからなんだけど)思ったより全然自由な感じがしたな。
歩いた距離からしてもそんなに広いスペースではなかったとおもうんだけど、広い空間を歩いているような気がしたし、何か暗闇って圧迫感がないって思ったなあ。
あ、このイベント、企業研修などにも使われたりするそうで、それはものすごく納得。
だってまったく初対面の見ず知らずの人とでさえ出てくる時までに友人みたいに奇妙な連帯感を持つくらいだから、あんな暗闇の中で、性別も役職も関係なくお互いに(半強制的にでも)協力せざるを得ない状況だったら、同じ会社の人どうしなら絶対距離感が狭まると思うものね。
長かったですね。ここまで読んでくれた人、おつかれさま。

*1:毎年会場が変わるみたいなので、テーマも会場に合わせて変わるみたいです。

*2:コートや荷物の他、時計やアクセサリーなど光る可能性のあるものもはずして下さいと言われたので、ピアスやブレスなどもはずす。