大いなる沈黙へ


舞台はフランスのアルプス山脈グルノーブルの北側の山の中にある修道院、グランド・シャルトルーズ。修道士の生活を数ヶ月に渡って監督ひとりが修道院に住み込み撮影した、ドキュメンタリー。ただし普通のドキュメンタリーと違うのは、撮影に当たって修道院側から提示された条件が「照明なし、音楽なし、ナレーションなし、修道院でともに生活して撮影者は監督ひとりのみ」
実際にこの映画のフィリップ・グレーニング監督が、この映画の撮影許可を修道院に願い出て撮影許可が下りたのが16年後(!)、撮影に約1年、編集に約5年の時間が費やされていて、この映画の中で撮影されている情景は2000年頃の修道院のもの。
このグランド・シャルトルーズ修道院は戒律の厳しいカルトジオ会に属していて、修道士(もちろん女人禁制で、修道院敷地内に女性のみならず観光客など修道院に関係ない人間の通行も許されていない)は食事と生活のための労働(酪農、清掃、写本、庭仕事など)以外はすべての時間を神への祈りに捧げる。またその祈りはまず独立した個室で行われたのち教会堂で共同で祈るけれど、1週間のうち日曜日以外は修道士同士の会話も基本禁じられているため、教会堂での祈りが済んだ後は各々自室にて孤独に祈る。
修道院の個室がどのように成り立っているかというと、まず修道院の中央に長方形の中庭、それを取り囲むように回廊、その回廊を取り巻くように中庭つきの居住スペースが配されていて、その中庭に隣り合った個室はそれぞれ高い壁で仕切られているので個室同士の連絡はない。また修道士は個人で食べる野菜などはこの個室に付属の中庭でそれぞれ栽培するが、それ以外の調理された食事やパン、ビスケットやフルーツなどは、回廊側の個室の壁に小さな穴が開いていて、その穴に取り付けられた回廊側の小さな扉から助修士によって差し入れられる。食料を配る際、助修士と修道士が顔を合わせることはない。
とにかく起きているほとんどの時間を神への祈りに捧げる日々、そして一生。
映画自体はほぼ3時間あるのだけど、撮影条件にもあるとおりナレーションもないし音楽もないし、祈りの時間は照明もないので真っ暗だし*1「ちゃんと3時間起きていられるかな…」と思ってたけど、修道士の生活が興味深く、ほとんど眠りこけることもなくじっと見てしまった。音は基本的に修道士たちの動作音、つまり足音や椅子を引く音、衣擦れ、あと聖歌を歌う声、自然の音(川の流れや雨音など)だけ。
以前「ダイアローグインザダーク」に参加した時、自分の指先も見えない真っ暗闇の中を動くのは不安よりもかえって視覚からとらわれるものがまったくなく自由な感じがした、と書いたことがあるけど、修道院の中も一見人生のほぼすべてを祈りに捧げるってすごくストイックなんだけど(実際ストイックな話だけど)祈り以外のことからは良くも悪くも基本的に隔絶されているわけなので、とらわれるものが極端に少なく「やりたいことをやる」という目的(神とともに生きる人生)のためには、とても自由な場所にいるんじゃないかなあ…とちょっと思った。*2
あ、ちなみに薬草酒のシャルトルーズはこの修道院で製造されているはず。映画にはまったく出てこないけど。

*1:修道士の一日は真夜中の祈りからスタートするので。

*2:修道士はこの修道院に入るためには、すべての財産資産を手放すことが条件なので、個人的なものはまったく所有していない。